日記・コラム・つぶやき

Tone of Voice

このところ体調があまり良くない。かといって1週間ゆっくりできるほど恵まれた環境に身を置いていない。結果、7割程度回復した状態で日々生活することになる。少しだるい・・・少ししんどい・・・状態。だれもが経験したことがあると思われる感じ。この状態で生活していると抵抗力が衰えてるせいか、またすぐ風邪をひく。こんなことを1ヶ月間繰り返してるのが今の私の状態だ。なので、回復している時と風邪菌がたくましく私の体を壊している時とでは声のトーン (tone of voice) はだいぶ違う。声の張りがまるで違うのだ。そしてそれはたった1日で起こってしまう変化なのだ。ちなみに声の張りを英語では voice full of life("生命力あふれる声"みたいな感じ)と辞書には載っているが、実際使われてるのを読んだことも聞いたこともない。おそらく声のトーンから様子を伺うという文化が英語圏にはあまりないと思われる。
こんな感じで up & down する声のトーンと戦う中、とても懐かしい友人から電話をもらった。大学時代、たぶん私は彼女がいなければあんなに目的薄の中、4年間も楽しく過ごせなかったに違いない。その彼女からの電話。私の声のトーンはちょうど down の真っただ中。私の第一声は「もしもし」、彼女の第一声は「何?風邪ひいてんの?」。もう感動するを超えて空恐ろしい感じがしたぐらいだ。ただ彼女は積もる話があったらしく機関銃トークを始めた。私は機関銃トークがそんなにイヤじゃない。ただあまり聞いてない。音楽みたいに聞いてることが多いので、よく"聞いてる?"と確認される。そんな彼女の"張りのある声"を聞いていたらなんだか私も元気になってきた。最後は少し up した声で"バイバイ"が言えた。人は一人では生きていけないのだなぁと金八先生の言葉を実感した夜だった。
余談だが、人は自分が体調不良の時はあまり人の体調の悪さ具合が分からないようだ。きっと自分の体調の悪さに神経が集中しすぎて心の余裕をなくすからだろう・・・気をつけたいものだ。

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たかがバーベキュー、されど・・・

先日、友人たちとバーベキューをした時のこと。
それはそれは快晴の日で汗ばむくらいの陽気の中、バーベキューをスタートしたのが夕方の4時。これまた気持ちのいい風が吹き始め、俵万智風に言えば“バーベキュー記念日”でした。
長らくアウトドアーおよびアウトドアー派な人たちを避けて生きてきた私は“バーベキュー”という語感にあまり好意的な反応ができない。でもいざ始めると自分でもあきれるほど楽しくなってしまう。だからといって“いい動き”ができるわけではもちろんなく、かなり楽させてもらっている。今回も友人が超高速スピードで切った材料をビニール袋につめた以外はビールを飲んで、おいしいお肉をほおばっていた。そんな中ふと友人たちの“動き”を見てみると、見事に役割分担がなされているではないか?! 準備する人、火をおこす人、焼く人、バーベキューをさらにおいしくするために様々な薬味を
かけてくれる人などなど、ちょっと自分の友人たちながら感動してしまった。みんなもう身内みたいな人たちなので、普通、身内にはそう簡単に感動しない。よっぽどのことなのだぁ〜としみじみ思いながら、さらによく観察してみると、あることに気がついた。よく男女間(とくに結婚後)や同性/異性(少ないかな?)のルームメイト間でなされる会話で「料理は私、洗いものはあなた」や「ゴミ出しはあなたの分担でしょう〜」や「おれはちゃんとやってるのにあいつは自分の分担をサボってばかりだ」などこと“役割分担”というリストを作成した時点から争いが絶えなくなる。でも“役割分担”はそもそも“相手を思いやる気持ち”などだと友人たちを見て思った。誰が決めたわけでもないのに自分が得意あるいは相手が苦手を思われる持ち場につく。一人が負担を多くしない様に思いやる気持ち。それはそれは清々しい思いで私はそのバーベキューを心底楽しんだ。私の“役割”が非常に少なかったことは私自身の今度の課題としていきたい。

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サクラ

先日、友人と桜見物へ行ってきました。大阪で桜と言えば”桜ノ宮”ですね。それはそれは大賑わいでしたよ。私自身は”桜の下で蓙を広げて缶ビールにお弁当”というは寒いので苦手なのですが、桜の花の下をお散歩するのは大好きです。ほんの2週間ぐらいしか味わえない桜だからこそなのでしょうね、こんなにも大勢の人たちが集まるのは。それにしても日本人にとって桜ほど特別は意味を持つ花はないのではないでしょうか。一年を通して日本人が節目を感じる時期がお正月と4月だそうです。その4月と桜が満開になるのがたまたま同時期だったので、こんなにも大切な行事になったのかもしれません。

私にとってとても思い出深い桜の花は高校の入学式です。去年、実家が引越ししたので昔の写真が大量に出てきたのですが、ほとんどは恥ずかしい写真だらけ。写真ってほんとある意味残酷ですよね。でも一枚だけ見つけてとても嬉しい写真がありました。それは高校の正門前で母と姉と私で写ってるもので、シャッターを押したのは父。3人とも桜吹雪の中でレンズに向かって笑顔をなげかけ、愛情のある手で撮られた写真です。真新しい制服を着た私が下向き加減で写っているのに対して、母も姉もビックスマイル。その写真を見たとたん、その日一日の出来事が克明に思い出されました。それはそれは夢のように楽しい一日でした。それから20年ほどが過ぎ、ふと母を見るとなんだか涙がでてきました。あの写真は桜のおかげでとても綺麗に写ってるんですが、散りゆく桜のせいか、なんだか切ない感じがするのです。今年の桜がみなさんにとって素敵な想い出となりますように・・・

Sakura_1_2

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まい・ふぇいばりっと・たいむ

私にとって「お風呂に入る」と「本を読む」はほぼ同義語です。だからかなりの長風呂です。お風呂が好きというのではなく、お風呂場で本を読むのが好きなんです。快適な読書の時間を手に入れるため、お風呂に入る前にもいろいろ準備します。まずお湯をためたら、お気に入りの入浴剤をわりとたっぷり入れます。それからお風呂のふたを半分、テーブルみたいに設置します。その上にタオル、よ〜く冷えたミネラルウォーター、本、iPodを接続した防水スピーカーをならべて完了。お気に入りの音楽をかけながら読書開始!かなり速読なので、ずんずんページは進みます。しばらくたつとお湯がぬるくなるので、熱いお湯をたして再び読書。その間、肩までつかったり半身浴みたいにしたりズルズルお湯の中で移動します。キリのいいところまで読んで、やっと体を洗うため湯船から出ます。が、この出る時いつも少し悲しい気分になるんです。“あぁ〜終わった”みたいな名残惜しい感じ。毎日入れるのに・・・お風呂の中で読み耽るのは歴史小説か推理小説。どちらも読み始めたら、瞬時によその場所に行ける。別の国、別の時間。まるでお風呂場というのは"タイムマシン"か"どこでもドア"の様です。

子供のころからマンション暮らしなので、窓があるお風呂場というのに憧れがます。窓があれば風を感じられるし、雨の日はポタポタと雨粒が落ちてきたりするんだろうなぁ・・・、でも思いおこせばロンドンに住んでいた頃はお風呂場には常に窓があったと。もちろん開けてましたが、ロンドンはなにしろ寒い。一年の間で快適なお風呂環境を手に入れることができるのは、ほんの数ヶ月。あとは寒すぎて長風呂もできなかったと記憶しています。こんなに西洋かぶれの私にも日本のユニットバスは完璧なのかもしれません。

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小さな手のチカラ

先日、身内の一周忌があり親戚が集まることがありました。
その中でひときわ輝いていたのが従姉妹の子供のかえちゃん。
来年の1月に5歳になる活発で愛嬌たっぷりの女の子です。
くるくるよく回る瞳で、集まったみんなに笑顔を振りまくかえちゃん。
持参したかわいいカバンには折り紙、はさみ、色鉛筆など遊び道具がどっさり。
法要が始まるとスッと私のとなりに座り、なにやら折り紙で制作開始。
私が故人を偲んで涙を流しているのに気付くと折り紙の手を止め、
彼女は小さな指で私の左手の爪先を親指から一つずつなぞり始めました。
小指までなぞり終わると、その小さな手で私の手をギュッと握り締めてくれたのです。
私の手の半分もない、その小さな手には信じられないほどのチカラがありました。
温かく、まっすぐで、無垢なその手のチカラを私は忘れることはないでしょう。

法要後の食事会でお土産のパズルをあげると、その場でパズルと格闘開始!
見事にパズルを完成させたかえちゃんに”天才ねぇ~”と心から褒めてあげると、
少しご自慢な表情になり、それがまたなんとも言えず愛らしいのです。
クリスマスプレゼントは何にしようかなぁ~と思案中の今日この頃です。
ちなみにかえちゃんが一生懸命折り紙で作っていたのは”のり巻き”でした(^-^)

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心の富

高校時代の友人からカードが届きました。
クリスマスカードにしてはちょっと早いなぁ〜と思って開いてみると、左右見開きのカードに整った文字がびっしり・・・彼女は東京外国語大学在学中にドイツに留学し、その後帰国したものの希望の仕事が見つからず、結局ドイツで仕事を見つけ再び単身ドイツへ旅立ちました。その後転職をして現在はスペインのバルセロナ在住。

そんな訳で彼女とはなかなか会えないのですが、今から10年ほど前、私がロンドン在住で彼女はフランクフルト在住だった頃、二人とも訪れたいと思っていたチェコ共和国のプラハで落ち合うことにしました。落ち合う場所は大使館で教えてもらった宿泊所。おばあさんが一人で切り盛りしている下宿みたいなところでした。そこで高校卒業以来8年ぶりの再会。嬉しかったですねぇ。楽しかったです。一番嬉しかったのは彼女がドイツ語でいろんな人たちと話しているのを見たことです。プラハはドイツに近いので、英語よりドイツ語の方が通じやすいようで、道を教えてもらったり、おいしいお店を聞いたりと彼女の堪能なドイツ語が大活躍!私はというと“どう、すごいでしょう、私の友達!”みたいな自慢気な顔をしながら突っ立っていたと思います。ほんとうに自慢でしたから。

話を戻してカードですが、バルセロナに移ってからの苦労話はほんの2行ほど。あとは最近、以前二人で泊まったプラハの下宿を訪ねてみるとまだあのおばあさんが元気で頑張っていたこと。二人で歩いた街並みも当時のままだったこと。おいしいボルシチを出す、古いけど、清潔な感じだね、と二人で言い合ったお店がなくなっていたこと、など当時の旅を再び一人でしてみたという話でした。彼女の心の富を、そのびっしり書かれたカードから感じることができました。無口で多くを語らない人ですが、豊かな心だと。来年は彼女に会いにバルセロナに行こうと心に決めたのでした。

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NO MORE NOVA!

業界最大手の英会話学校NOVAが業績悪化のため会社更生法を申請したとのこと。
たくさん生徒さんが路頭に迷うことになり、また外国人講師の方たちのことも、
小さいながら英会話教室を主宰する立場の人間としてとても気にかかります。

何かを学ぶというのは基本的に”イバラの道”ですね。地道な努力を必要とします。
まして社会人になってその”イバラの道”を進むのは大変な精神力も必要となってきます。
NOVAが”駅前留学”や”お茶の間留学”といったキャッチコピーを打ち出し大々的な広告で、
英会話を身につけようと思われた方が増えたことは功績にあたると思いますが、
その志に真摯に応えられなかったことは大きな社会的責任があると思います。

学ぶことには終わりがない。
自分で始めたことに自分で終止符をつけるのは納得がいくかもしれないけれど、
外的な要因で終わらざるを得ないということは大変悔いの残ることだと思います。
NOVAの生徒の方たちが”もう二度と英会話なんてやりたくない”と思ったりしないことを切に祈ります。
英語を学ぶことは確かに”イバラの道”かもしれませんが、その先には”世界”があります。
私も学ぶことを辞めてはいけない、あきらめてはいけないと強く心に思う今日このごろです。

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はじめまして

はじめまして、Yasuyoと申します。今日からココログをはじめました。
映画や音楽を通じて英語の面白さをお伝えできたらなとおもいます。

皆さんよろしくお願いします。

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