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サクラ

先日、友人と桜見物へ行ってきました。大阪で桜と言えば”桜ノ宮”ですね。それはそれは大賑わいでしたよ。私自身は”桜の下で蓙を広げて缶ビールにお弁当”というは寒いので苦手なのですが、桜の花の下をお散歩するのは大好きです。ほんの2週間ぐらいしか味わえない桜だからこそなのでしょうね、こんなにも大勢の人たちが集まるのは。それにしても日本人にとって桜ほど特別は意味を持つ花はないのではないでしょうか。一年を通して日本人が節目を感じる時期がお正月と4月だそうです。その4月と桜が満開になるのがたまたま同時期だったので、こんなにも大切な行事になったのかもしれません。

私にとってとても思い出深い桜の花は高校の入学式です。去年、実家が引越ししたので昔の写真が大量に出てきたのですが、ほとんどは恥ずかしい写真だらけ。写真ってほんとある意味残酷ですよね。でも一枚だけ見つけてとても嬉しい写真がありました。それは高校の正門前で母と姉と私で写ってるもので、シャッターを押したのは父。3人とも桜吹雪の中でレンズに向かって笑顔をなげかけ、愛情のある手で撮られた写真です。真新しい制服を着た私が下向き加減で写っているのに対して、母も姉もビックスマイル。その写真を見たとたん、その日一日の出来事が克明に思い出されました。それはそれは夢のように楽しい一日でした。それから20年ほどが過ぎ、ふと母を見るとなんだか涙がでてきました。あの写真は桜のおかげでとても綺麗に写ってるんですが、散りゆく桜のせいか、なんだか切ない感じがするのです。今年の桜がみなさんにとって素敵な想い出となりますように・・・

Sakura_1_2

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日記・コラム・つぶやき」カテゴリの記事

コメント

今年の桜は、土・日曜日と桜(花見)日和でした。私は両日とも花見の場所まで自転車で行きましたが、途中で通り過ぎる公園でも同じように花見をしている人や花より団子の人を見かけました。
でも残念なのは、月曜日の雨で桜の散りが早まる事ですね。満開の桜を、もう少し永く見ていたかったのに…。

投稿: いっちぃ | 2008年4月 8日 (火) 22時53分

散る桜、残る桜も散る桜。
良寛さんの有名な辞世の句のひとつです。
時の流れが止めることの出来ない畏怖すべきもだとして、
曾て多くの人々が夢見た永遠の命や不滅の世界。
現実には生命の移り変わりを享受出来ない人々の夢。
パラドックスを問うたゼノンのように、時間はある時点を
固定すれば静止していると、写真や思い出の類いではないが
頭の中の理論としては面白い発想であると思う。
私たちの人生が、ぱらぱら漫画や映画のフィルムのように
始まりと終わりが規定されていたなら、その一齣を「今」や
「現在」といった言葉で表現できているのでしょう。
しかし未来は「今」の先に確実に存在するものではないし
約束もされてはいない、だからこそ生きることは素晴らしい
し難しい。私たちは目の前の人生の橋を自ら造り乍ら生きて
いる、「これを楽しまずして何とする」そういう心境で居た
いものです。
最後に、良寛さんは生の儚さと時の残酷さをこの句に詠んだ
のかなと私は思う。尤も良寛さんは無為の人、その人生を
「優游」と生きた人、もっと高尚で達観した思いが込められ
ているのでしょうが、桜の花、その散り際の美しさと儚さは
良寛さんならずとも多くの人々の琴線に触れることは確かで
しょう。

投稿: グース | 2008年4月 9日 (水) 17時09分

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